キーズ
キーズ(Keys)とは

マハラジの名で広く知られるプレム・ラワットは、人の内面にある平和を発見する方法を提供しています。それは4つの具体的な方法によって、注意を内側に向け、そこにある感覚、フィーリングを体験できるようにするものです。マハラジはこの方法を『ノレッジ』と呼んでいます。それは内面に向かうためのノウハウです。
皆さんが『ノレッジ』を習い、内面にある感覚を最大限に楽しんでみたいと願うなら、そのために理解しておかなければならない事柄がいくつかあります。キーズ(Keys)は、その理解を助けるために、マハラジが特別に考案したものです。キー(鍵)は全部で6つあります。最初の5つのキー(鍵)にはテーマがあり、それぞれのテーマに沿ったビデオで構成されています。ビデオを視聴することでマハラジが提供するものがどういうものなのか理解が深まります。また、『ノレッジ』を最大限に楽しむための準備ができます。6つ目のキー(鍵)は、特別に用意されたセッションで、ビデオを介しマハラジから『ノレッジ』のテクニックを教わります。このセッションは年間を通して、世界各地で開催されています。それは、望む人には誰にでも与えられるマハラジからの贈り物です。
マハラジは『ノレッジ』を次のように説明しています。
私が提供するものは単なる言葉だけにとどまりません。人の内面にある平和と満足を体験するノウハウ ― それが私の提供するものです。私はそれを『ノレッジ』と呼んでいます。『ノレッジ』を体験することで、周囲の状況に関係なく人生を楽しむことができるようになります。『ノレッジ』は、心の中の「自分」に出会い、その「自分」とつながるための方法です。
マハラジはこう続けます。
『ノレッジ』は4つのテクニックから成り立っています。それを使うことで外界に向いていた注意や意識が内面に向かいます。頭の中の空想に遊ぶことでも、イメージを思い浮かべてそこに集中することでもありません。内面に注意を向け、そこにもともとあった世界にアクセスするのです。そのための具体的な方法です。
『ノレッジ』を旅にたとえるなら、自分を発見する旅と言えるでしょう。この旅に出たいと願う人がいれば、その人が『ノレッジ』を教わる準備ができるように私はお手伝いします。でも、そこで終わりません。テクニックを教わった後も、その人が生きる歓びを満喫し続けることができるように、私は励まし、道案内人としての務めを果たし続けます。
自分の中誰にも夢があります。そのどんな夢より現実の方がすばらしいと言ったら信じてもらえますか? でもそれが真実です。
太古の昔より呼びかけ続けてきたひとつの声がありました。「探しものはあなたの中にありますよ。あなたが欲しい真実も平和もあなたの中にありますよ」と。
そういったものへの願望を私は「渇き」と呼んでいます。人間であれば誰でも平和、喜び、満足感が欲しいという、素朴な渇きを自分の中に生まれながらに宿しています。そして、その渇きを癒すものも、あなたの中に最初から備わっています。ゆったりした気分になりたい、満たされた気持ちでいたい、そういう渇きをみんなが持っています。
平和は自分の心の中にもともとあるもので、それはどんな境遇にいる人でも感じることができます。貧富の差や人格の良し悪しも関係ありません。品行方正であるかどうかも問いません。幸せな生活を送っている人でも悲嘆にくれている人でも感じることができます。平和を感じることは、すべての人間に与えられた、生まれながらの権利なのですから。
理解して受け入れる
私たちの探しものは自分の外ではなくて中にあります。自分の中に安らぎも平和も自然な喜びもあります。
平和というのは「あったらいいな」という程度のものではありません。私たちが感じる必要のあるものです。自分の中に平和の感覚がしっかりと根を下ろしていないとダメなのです。この旅の大切さがそこにあります。
では、探しものが自分の中にあるなどということをどうしたら納得できるようになるでしょう?まず外界からやってくる気を散らせる雑音のボリュームを下げることです。そうすると外からやってくるものと内面で感じることのできるものとの対比ができるようになります。
その対比を感じ始めると、探している平和、美しいもの、喜びといったものがすでに自分の内面にあるということがどんどん見えてきます。そうするうちに内面の世界があるということを理解し受け入れる気持ちが育っていきます。
感じる
私たち人間はいろんなことを感じるようにつくられています。人間というのはもっとも優れた体感装置です。暑い、寒い、嬉しい、悲しい、そういった感覚を感じることができます。
この最高の体感装置を自分の内面に接続するとどうなるでしょう? 平和を感じます。喜びや幸せを感じます。
この感覚は自分で体感しないかぎり意味がありません。感覚はつくりだせるものではありません。幸せのシンボルを見るとか、こうすれば幸せになれますよ、といった類のノウハウを知ったところで心は満足しません。幸せだと感じて初めて満足します。心は平和を感じる必要があります。
あなたの心は平和を感じていますか? 美しいものを感じていますか? それとも感じているのは虚しさですか? 虚しさにサヨナラしたい人は、心に「満たされ感」を体験させてあげてください。その「満たされ感」もあなたの内面にあります。
平和を、美しいものをあなたは感じることができます。
それをできるようにする、それが『ノレッジ』という贈り物です。
決めるのはあなたの心
「毎日忙しいから」、「今は大変だから」、そう言ってあなたは自分の心の声に耳を傾けることがずっとできなかった。そうではありませんか?若い時は若い時で忙しい。少し年をとっても相変わらず。もっと年をとったらとったでまだ忙しい。「いつかゆとりの持てる日が来るだろう」、あなたはその日を待ちわびてきました。ところが身辺は日を追うごとに複雑になるばかり。
欲しいものは単純です。人間とは単純なもの。心も単純。心が何を欲しがっているか、あなたにはわかりますか?喜びです。それだけを欲しがっています。
これをわがままとは言いません。どんな人も生まれた時からひとつの願いを持っています。心の安らぎ、平和が欲しいという願いです。
だからこれをわがままと言ってはいけません。第一、この平和が欲しいという気持ち、「渇き」は自分でつくり出したしたものではありません。渇きは生まれた時から最初からありました。それを認めればいいのです。
心の声に耳を傾けてください。他人に判断を仰ぐのは止めましょう。自分の心に判断してもらうのです。自分の心の声を無視するなんてこと、あなたは本当にできますか?
自分の居場所
『ノレッジ』は問題解決の道具ではありません。生きていく環境を改善する手段でもありません。『ノレッジ』の用途はただひとつ。内面の、ある場所に注意を向けるためにだけあります。その場所に注意を向けると喜びが実感できます。平和を、そして波風ひとつ立たない穏やかな気分が味わえます。その感覚は人間にとってなくてはならないものです。
この感覚を体験することは必要不可欠なことなので、『ノレッジ』は必須の知識と呼ばれます。また、この体験が自分自身を知ることでもあるため、自分を知るための知識、セルフ・ノレッジとも呼ばれています。
平和も喜びも、今というこの瞬間にしか味わうことができません。先のことに思いをめぐらし、昔の思い出にふけるのは自由ですが、人は一瞬たりとも過去や未来に存在することはできません。今というこの瞬間が私たちの住む家です。生きていることを本当に実感できるのは今しかありません。だからこそ今という瞬間をひとつひとつ丁寧に生きていくことがとても大切なのです。
すばらしい現実
満たされたいという渇きをはっきり感じていないときには、周囲にいくら水があっても、見向きもしません。その反対に砂漠の真ん中にいる人が、強い渇きを感じているとき、その人にとってはコップ半分の水がとても貴重なものになります。砂漠をさまよっている人の前に世界中の金(ゴールド)とコップ半分の水を置いてみます。どちらを取るか、わかりますね。
渇きをはっきり感じていれば、すべて納得できます。謎は氷解し、あれこれ考えることも、疑うこともなくなります。質問が出てこなくなります。何ものにも縛られることなく楽しむ自分がいます。「本当は人間ってこうだったのか!」、そんな感覚と共に本当の自分を取り戻すことができます。
学習によってそれを手に入れるのではありません。覆っているものを剥ぎとりそこにあるものを発見するだけです。
人が生きているということ、これ以上すばらしい現実はありません。私たちはすばらしい世界に住むすばらしい住人なのです。内面には計り知れない平和と計り知れない喜びがあります。
平和と喜びは古代の遺物の中や現代科学の中にあるのではなく、人間の内面、心の中にあります。
シンプルなもの
生きること、いのちは単純なものです。
呼吸は単純です。『ノレッジ』はとても単純です。
『ノレッジ』を理解することもとても単純です。単純になるというのは何かをすることではなく、もとに戻る行為です。学習ではなく、学んだものを捨てる行為です。最初からあったものを発見するプロセスです。
足し算ではなく、引き算です。
付け足すのではなく、余計なものを剥ぎ取ること。それは彫刻家の仕事に似ています。岩の中に隠された像が表に出てくるように周囲の岩を削っていく。すると中から美しい像がその姿を現します。あなたの場合も同じこと。余計なものを剥ぎとっていった最後に美しく輝くダイヤモンド、いのちそのものが姿を現します。
自分に帰る旅
この旅であなたに要求される努力、それは注意をはらうこと、理解しようとすること、内面にある場所を見つけたいという情熱を持つことです。
これまでの私たちの旅はいずれも自分から遠ざかっていくものばかりでした。
この旅はどこに向かうのでしょう? 内面の体験へと向かいます。あなた自身に帰る旅です。
そういうわけですから、この旅はすてきで楽しいばかりではなく、発見という意味でも最高の魅力に満ちています。
『ノレッジ』はそれ自体が旅です。
『ノレッジ』のテクニックを教わるのが最終ゴールではなく、生きていることを楽しむ、呼吸のひとつひとつを楽しみ毎日を楽しむのがゴールです。
旅がそのまま目的地なのです。
まさしく生涯の旅と言えるでしょう。
太古の昔より呼びかけ続けてきたひとつの声がありました。「探しものはあなたの中にありますよ。あなたが欲しい真実も平和もあなたの中にありますよ」と。
そういったものへの願望を私は「渇き」と呼んでいます。人間であれば誰でも平和、喜び、満足感が欲しいという、素朴な渇きを自分の中に生まれながらに宿しています。そして、その渇きを癒すものも、あなたの中に最初から備わっています。ゆったりした気分になりたい、満たされた気持ちでいたい、そういう渇きをみんなが持っています。
平和は自分の心の中にもともとあるもので、それはどんな境遇にいる人でも感じることができます。貧富の差や人格の良し悪しも関係ありません。品行方正であるかどうかも問いません。幸せな生活を送っている人でも悲嘆にくれている人でも感じることができます。平和を感じることは、すべての人間に与えられた、生まれながらの権利なのですから。
私たちの探しものは自分の外ではなくて中にあります。自分の中に安らぎも平和も自然な喜びもあります。
平和というのは「あったらいいな」という程度のものではありません。私たちが感じる必要のあるものです。自分の中に平和の感覚がしっかりと根を下ろしていないとダメなのです。この旅の大切さがそこにあります。
では、探しものが自分の中にあるなどということをどうしたら納得できるようになるでしょう?まず外界からやってくる気を散らせる雑音のボリュームを下げることです。そうすると外からやってくるものと内面で感じることのできるものとの対比ができるようになります。
その対比を感じ始めると、探している平和、美しいもの、喜びといったものがすでに自分の内面にあるということがどんどん見えてきます。そうするうちに内面の世界があるということを理解し受け入れる気持ちが育っていきます。
感じる
私たち人間はいろんなことを感じるようにつくられています。人間というのはもっとも優れた体感装置です。暑い、寒い、嬉しい、悲しい、そういった感覚を感じることができます。
この最高の体感装置を自分の内面に接続するとどうなるでしょう? 平和を感じます。喜びや幸せを感じます。
この感覚は自分で体感しないかぎり意味がありません。感覚はつくりだせるものではありません。幸せのシンボルを見るとか、こうすれば幸せになれますよ、といった類のノウハウを知ったところで心は満足しません。幸せだと感じて初めて満足します。心は平和を感じる必要があります。
あなたの心は平和を感じていますか? 美しいものを感じていますか? それとも感じているのは虚しさですか? 虚しさにサヨナラしたい人は、心に「満たされ感」を体験させてあげてください。その「満たされ感」もあなたの内面にあります。
平和を、美しいものをあなたは感じることができます。
それをできるようにする、それが『ノレッジ』という贈り物です。
決めるのはあなたの心
「毎日忙しいから」、「今は大変だから」、そう言ってあなたは自分の心の声に耳を傾けることがずっとできなかった。そうではありませんか?若い時は若い時で忙しい。少し年をとっても相変わらず。もっと年をとったらとったでまだ忙しい。「いつかゆとりの持てる日が来るだろう」、あなたはその日を待ちわびてきました。ところが身辺は日を追うごとに複雑になるばかり。
欲しいものは単純です。人間とは単純なもの。心も単純。心が何を欲しがっているか、あなたにはわかりますか?喜びです。それだけを欲しがっています。
これをわがままとは言いません。どんな人も生まれた時からひとつの願いを持っています。心の安らぎ、平和が欲しいという願いです。
だからこれをわがままと言ってはいけません。第一、この平和が欲しいという気持ち、「渇き」は自分でつくり出したしたものではありません。渇きは生まれた時から最初からありました。それを認めればいいのです。
心の声に耳を傾けてください。他人に判断を仰ぐのは止めましょう。自分の心に判断してもらうのです。自分の心の声を無視するなんてこと、あなたは本当にできますか?
自分の居場所
『ノレッジ』は問題解決の道具ではありません。生きていく環境を改善する手段でもありません。『ノレッジ』の用途はただひとつ。内面の、ある場所に注意を向けるためにだけあります。その場所に注意を向けると喜びが実感できます。平和を、そして波風ひとつ立たない穏やかな気分が味わえます。その感覚は人間にとってなくてはならないものです。
この感覚を体験することは必要不可欠なことなので、『ノレッジ』は必須の知識と呼ばれます。また、この体験が自分自身を知ることでもあるため、自分を知るための知識、セルフ・ノレッジとも呼ばれています。
平和も喜びも、今というこの瞬間にしか味わうことができません。先のことに思いをめぐらし、昔の思い出にふけるのは自由ですが、人は一瞬たりとも過去や未来に存在することはできません。今というこの瞬間が私たちの住む家です。生きていることを本当に実感できるのは今しかありません。だからこそ今という瞬間をひとつひとつ丁寧に生きていくことがとても大切なのです。
すばらしい現実
満たされたいという渇きをはっきり感じていないときには、周囲にいくら水があっても、見向きもしません。その反対に砂漠の真ん中にいる人が、強い渇きを感じているとき、その人にとってはコップ半分の水がとても貴重なものになります。砂漠をさまよっている人の前に世界中の金(ゴールド)とコップ半分の水を置いてみます。どちらを取るか、わかりますね。
渇きをはっきり感じていれば、すべて納得できます。謎は氷解し、あれこれ考えることも、疑うこともなくなります。質問が出てこなくなります。何ものにも縛られることなく楽しむ自分がいます。「本当は人間ってこうだったのか!」、そんな感覚と共に本当の自分を取り戻すことができます。
学習によってそれを手に入れるのではありません。覆っているものを剥ぎとりそこにあるものを発見するだけです。
人が生きているということ、これ以上すばらしい現実はありません。私たちはすばらしい世界に住むすばらしい住人なのです。内面には計り知れない平和と計り知れない喜びがあります。
平和と喜びは古代の遺物の中や現代科学の中にあるのではなく、人間の内面、心の中にあります。
シンプルなもの
生きること、いのちは単純なものです。
呼吸は単純です。『ノレッジ』はとても単純です。
『ノレッジ』を理解することもとても単純です。単純になるというのは何かをすることではなく、もとに戻る行為です。学習ではなく、学んだものを捨てる行為です。最初からあったものを発見するプロセスです。
足し算ではなく、引き算です。
付け足すのではなく、余計なものを剥ぎ取ること。それは彫刻家の仕事に似ています。岩の中に隠された像が表に出てくるように周囲の岩を削っていく。すると中から美しい像がその姿を現します。あなたの場合も同じこと。余計なものを剥ぎとっていった最後に美しく輝くダイヤモンド、いのちそのものが姿を現します。
自分に帰る旅
この旅であなたに要求される努力、それは注意をはらうこと、理解しようとすること、内面にある場所を見つけたいという情熱を持つことです。
これまでの私たちの旅はいずれも自分から遠ざかっていくものばかりでした。
この旅はどこに向かうのでしょう? 内面の体験へと向かいます。あなた自身に帰る旅です。
そういうわけですから、この旅はすてきで楽しいばかりではなく、発見という意味でも最高の魅力に満ちています。
『ノレッジ』はそれ自体が旅です。
『ノレッジ』のテクニックを教わるのが最終ゴールではなく、生きていることを楽しむ、呼吸のひとつひとつを楽しみ毎日を楽しむのがゴールです。
旅がそのまま目的地なのです。
まさしく生涯の旅と言えるでしょう。
私たち人間はいろんなことを感じるようにつくられています。人間というのはもっとも優れた体感装置です。暑い、寒い、嬉しい、悲しい、そういった感覚を感じることができます。
この最高の体感装置を自分の内面に接続するとどうなるでしょう? 平和を感じます。喜びや幸せを感じます。
この感覚は自分で体感しないかぎり意味がありません。感覚はつくりだせるものではありません。幸せのシンボルを見るとか、こうすれば幸せになれますよ、といった類のノウハウを知ったところで心は満足しません。幸せだと感じて初めて満足します。心は平和を感じる必要があります。
あなたの心は平和を感じていますか? 美しいものを感じていますか? それとも感じているのは虚しさですか? 虚しさにサヨナラしたい人は、心に「満たされ感」を体験させてあげてください。その「満たされ感」もあなたの内面にあります。
平和を、美しいものをあなたは感じることができます。
それをできるようにする、それが『ノレッジ』という贈り物です。
「毎日忙しいから」、「今は大変だから」、そう言ってあなたは自分の心の声に耳を傾けることがずっとできなかった。そうではありませんか?若い時は若い時で忙しい。少し年をとっても相変わらず。もっと年をとったらとったでまだ忙しい。「いつかゆとりの持てる日が来るだろう」、あなたはその日を待ちわびてきました。ところが身辺は日を追うごとに複雑になるばかり。
欲しいものは単純です。人間とは単純なもの。心も単純。心が何を欲しがっているか、あなたにはわかりますか?喜びです。それだけを欲しがっています。
これをわがままとは言いません。どんな人も生まれた時からひとつの願いを持っています。心の安らぎ、平和が欲しいという願いです。
だからこれをわがままと言ってはいけません。第一、この平和が欲しいという気持ち、「渇き」は自分でつくり出したしたものではありません。渇きは生まれた時から最初からありました。それを認めればいいのです。
心の声に耳を傾けてください。他人に判断を仰ぐのは止めましょう。自分の心に判断してもらうのです。自分の心の声を無視するなんてこと、あなたは本当にできますか?
自分の居場所
『ノレッジ』は問題解決の道具ではありません。生きていく環境を改善する手段でもありません。『ノレッジ』の用途はただひとつ。内面の、ある場所に注意を向けるためにだけあります。その場所に注意を向けると喜びが実感できます。平和を、そして波風ひとつ立たない穏やかな気分が味わえます。その感覚は人間にとってなくてはならないものです。
この感覚を体験することは必要不可欠なことなので、『ノレッジ』は必須の知識と呼ばれます。また、この体験が自分自身を知ることでもあるため、自分を知るための知識、セルフ・ノレッジとも呼ばれています。
平和も喜びも、今というこの瞬間にしか味わうことができません。先のことに思いをめぐらし、昔の思い出にふけるのは自由ですが、人は一瞬たりとも過去や未来に存在することはできません。今というこの瞬間が私たちの住む家です。生きていることを本当に実感できるのは今しかありません。だからこそ今という瞬間をひとつひとつ丁寧に生きていくことがとても大切なのです。
すばらしい現実
満たされたいという渇きをはっきり感じていないときには、周囲にいくら水があっても、見向きもしません。その反対に砂漠の真ん中にいる人が、強い渇きを感じているとき、その人にとってはコップ半分の水がとても貴重なものになります。砂漠をさまよっている人の前に世界中の金(ゴールド)とコップ半分の水を置いてみます。どちらを取るか、わかりますね。
渇きをはっきり感じていれば、すべて納得できます。謎は氷解し、あれこれ考えることも、疑うこともなくなります。質問が出てこなくなります。何ものにも縛られることなく楽しむ自分がいます。「本当は人間ってこうだったのか!」、そんな感覚と共に本当の自分を取り戻すことができます。
学習によってそれを手に入れるのではありません。覆っているものを剥ぎとりそこにあるものを発見するだけです。
人が生きているということ、これ以上すばらしい現実はありません。私たちはすばらしい世界に住むすばらしい住人なのです。内面には計り知れない平和と計り知れない喜びがあります。
平和と喜びは古代の遺物の中や現代科学の中にあるのではなく、人間の内面、心の中にあります。
シンプルなもの
生きること、いのちは単純なものです。
呼吸は単純です。『ノレッジ』はとても単純です。
『ノレッジ』を理解することもとても単純です。単純になるというのは何かをすることではなく、もとに戻る行為です。学習ではなく、学んだものを捨てる行為です。最初からあったものを発見するプロセスです。
足し算ではなく、引き算です。
付け足すのではなく、余計なものを剥ぎ取ること。それは彫刻家の仕事に似ています。岩の中に隠された像が表に出てくるように周囲の岩を削っていく。すると中から美しい像がその姿を現します。あなたの場合も同じこと。余計なものを剥ぎとっていった最後に美しく輝くダイヤモンド、いのちそのものが姿を現します。
自分に帰る旅
この旅であなたに要求される努力、それは注意をはらうこと、理解しようとすること、内面にある場所を見つけたいという情熱を持つことです。
これまでの私たちの旅はいずれも自分から遠ざかっていくものばかりでした。
この旅はどこに向かうのでしょう? 内面の体験へと向かいます。あなた自身に帰る旅です。
そういうわけですから、この旅はすてきで楽しいばかりではなく、発見という意味でも最高の魅力に満ちています。
『ノレッジ』はそれ自体が旅です。
『ノレッジ』のテクニックを教わるのが最終ゴールではなく、生きていることを楽しむ、呼吸のひとつひとつを楽しみ毎日を楽しむのがゴールです。
旅がそのまま目的地なのです。
まさしく生涯の旅と言えるでしょう。
『ノレッジ』は問題解決の道具ではありません。生きていく環境を改善する手段でもありません。『ノレッジ』の用途はただひとつ。内面の、ある場所に注意を向けるためにだけあります。その場所に注意を向けると喜びが実感できます。平和を、そして波風ひとつ立たない穏やかな気分が味わえます。その感覚は人間にとってなくてはならないものです。
この感覚を体験することは必要不可欠なことなので、『ノレッジ』は必須の知識と呼ばれます。また、この体験が自分自身を知ることでもあるため、自分を知るための知識、セルフ・ノレッジとも呼ばれています。
平和も喜びも、今というこの瞬間にしか味わうことができません。先のことに思いをめぐらし、昔の思い出にふけるのは自由ですが、人は一瞬たりとも過去や未来に存在することはできません。今というこの瞬間が私たちの住む家です。生きていることを本当に実感できるのは今しかありません。だからこそ今という瞬間をひとつひとつ丁寧に生きていくことがとても大切なのです。
満たされたいという渇きをはっきり感じていないときには、周囲にいくら水があっても、見向きもしません。その反対に砂漠の真ん中にいる人が、強い渇きを感じているとき、その人にとってはコップ半分の水がとても貴重なものになります。砂漠をさまよっている人の前に世界中の金(ゴールド)とコップ半分の水を置いてみます。どちらを取るか、わかりますね。
渇きをはっきり感じていれば、すべて納得できます。謎は氷解し、あれこれ考えることも、疑うこともなくなります。質問が出てこなくなります。何ものにも縛られることなく楽しむ自分がいます。「本当は人間ってこうだったのか!」、そんな感覚と共に本当の自分を取り戻すことができます。
学習によってそれを手に入れるのではありません。覆っているものを剥ぎとりそこにあるものを発見するだけです。
人が生きているということ、これ以上すばらしい現実はありません。私たちはすばらしい世界に住むすばらしい住人なのです。内面には計り知れない平和と計り知れない喜びがあります。
平和と喜びは古代の遺物の中や現代科学の中にあるのではなく、人間の内面、心の中にあります。
シンプルなもの
生きること、いのちは単純なものです。
呼吸は単純です。『ノレッジ』はとても単純です。
『ノレッジ』を理解することもとても単純です。単純になるというのは何かをすることではなく、もとに戻る行為です。学習ではなく、学んだものを捨てる行為です。最初からあったものを発見するプロセスです。
足し算ではなく、引き算です。
付け足すのではなく、余計なものを剥ぎ取ること。それは彫刻家の仕事に似ています。岩の中に隠された像が表に出てくるように周囲の岩を削っていく。すると中から美しい像がその姿を現します。あなたの場合も同じこと。余計なものを剥ぎとっていった最後に美しく輝くダイヤモンド、いのちそのものが姿を現します。
自分に帰る旅
この旅であなたに要求される努力、それは注意をはらうこと、理解しようとすること、内面にある場所を見つけたいという情熱を持つことです。
これまでの私たちの旅はいずれも自分から遠ざかっていくものばかりでした。
この旅はどこに向かうのでしょう? 内面の体験へと向かいます。あなた自身に帰る旅です。
そういうわけですから、この旅はすてきで楽しいばかりではなく、発見という意味でも最高の魅力に満ちています。
『ノレッジ』はそれ自体が旅です。
『ノレッジ』のテクニックを教わるのが最終ゴールではなく、生きていることを楽しむ、呼吸のひとつひとつを楽しみ毎日を楽しむのがゴールです。
旅がそのまま目的地なのです。
まさしく生涯の旅と言えるでしょう。
生きること、いのちは単純なものです。
呼吸は単純です。『ノレッジ』はとても単純です。
『ノレッジ』を理解することもとても単純です。単純になるというのは何かをすることではなく、もとに戻る行為です。学習ではなく、学んだものを捨てる行為です。最初からあったものを発見するプロセスです。
足し算ではなく、引き算です。
付け足すのではなく、余計なものを剥ぎ取ること。それは彫刻家の仕事に似ています。岩の中に隠された像が表に出てくるように周囲の岩を削っていく。すると中から美しい像がその姿を現します。あなたの場合も同じこと。余計なものを剥ぎとっていった最後に美しく輝くダイヤモンド、いのちそのものが姿を現します。
この旅であなたに要求される努力、それは注意をはらうこと、理解しようとすること、内面にある場所を見つけたいという情熱を持つことです。
これまでの私たちの旅はいずれも自分から遠ざかっていくものばかりでした。
この旅はどこに向かうのでしょう? 内面の体験へと向かいます。あなた自身に帰る旅です。
そういうわけですから、この旅はすてきで楽しいばかりではなく、発見という意味でも最高の魅力に満ちています。
『ノレッジ』はそれ自体が旅です。
『ノレッジ』のテクニックを教わるのが最終ゴールではなく、生きていることを楽しむ、呼吸のひとつひとつを楽しみ毎日を楽しむのがゴールです。
旅がそのまま目的地なのです。
まさしく生涯の旅と言えるでしょう。
